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【天野刃物工房】町の生活を支え、伝統を守る「焔」(神流町)

5種類の鉄を積み重ねた層が見える。

世界で唯一の鍛造法を使った刃物工房が、群馬県神流町にあることを知る人は多くはないでしょう。
天野刃物工房(神流町万場)の「焔鍛え(ほむらぎたえ)」と呼ばれるその鍛造法は、[玉鋼」を主原料として「純鉄」「和鉄」等、5種類の鉄を積み重ね、「倍返し」という練り方で折り返す事10回以上「低温(焔色)」で鍛え上げます。
できあがった数千枚~数万枚の層により「炎龍」や「焔」の様な模様が出る事から、「ほむらぎたえ」と名付けられたと云われています。
切れ味が鋭く長切れする刃物としての優秀さに加え、その独特かつ優美な姿に魅せられるファン多数。発注が全国から絶えない日々です。

――本当に大変なお仕事ですね。

天野 鍛造の作業は1日で炉の温度が高くなってからの
正味4時間くらいしかできないんですよ。
炉の温度がまだ低い時には鎌などの比較的薄い物を鍛えたり、
農具の先掛け(修理)の準備をするなど、
限られた時間を効率良く使うようにしています。

――ファンの多い天野刃物工房さんですが、主に受注生産で請け負っておられるとのこと。

天野 「焔鍛え」になりますと、今はご注文後約1年ほどお待ちいただいております。
待ってでも欲しいと言っていただけるのでありがたいですが…申し訳ない。
注文されるものも、形が複雑なものとか、お客様ご自身のアイデアスケッチをもちこんで「こうしてほしい」という具体的な注文もあります。

色々な道具を使ってこられたお客様が拘って注文いただく物なので、切れ味はもちろん、お客様にピッタリの道具を作っています。だから待ってでも欲しいと皆さんに言っていただけるのかな、と。

――それほど楽しみに待ってくださる方もいらっしゃるのですね。
天野さんの刃物は、切れ味が鋭く、それが長持ちすると評判ですよね。

天野 良く切れる刃物を使う方がかえってケガをしにくい。
切れないと無理に切ろうとして力が入ったり、変な方向に刃物が入ったりしますからね。切れる包丁で切った方が料理も美味しくなるから、料理人の方々は包丁の切れ味をとても大事にしています。
きんぴらゴボウとか刺身のつまとか、シャキシャキとした歯ごたえを楽しむものは良く切れる包丁で切ってほしいですね。
特に、良い包丁で切った刺身は、角も立ち、見栄えも良く、驚くほど美味しいですよ。

――ご自身を「野鍛冶」だとおっしゃる天野刃物工房さん。「野鍛冶」とは包丁、農具、山林刃物など、暮らしの中の道具を小規模ながら幅広く手掛ける鍛冶屋のことだと聞きました。道具をつくるだけではなく修理まで幅広く引き受けるのも野鍛冶の役目だとか。

天野 鉈や鎌、包丁などの刃物はもちろん、農具の修理もいたします。
ただし、量販店に売っている大量生産の農具などについては、
様々な鋼材を使っていて、鍛造が出来ないこともあるので、
修理の問合せをいただいても、材料によって、修理が出来ないものもあります。
値段が安いと言っても、修理して使い続けることが出来なければ、
「持続可能な道具」ではないかもしれませんね。
かえって、明治時代の農具の方が修理が出来るので、昔の道具の方がずっと
持続可能な道具と言えますね。

――包丁や農具などの製作や修理を担い、かつては暮らしの中に根付いていた野鍛冶。安価な大量生産の刃物の登場によって、次々に廃業に追い込まれていったのですね。

天野 昔はどこの町にも何軒もあった鍛冶屋が、今はどんどんなくなっていますね。もうこのあたりも、最後は2軒になって、いよいようちだけになっちゃいました。全国各地の良い職人さんが、良い技術ごと廃業してしまうので、本当に残念です。

――そんな「野鍛冶」には厳しい時代ですが、次の代への希望は。

天野 21歳の息子がいるんですけどね、実は左利きで。左利きの鍛冶屋ってなかなか聞いたことがないんですよね。でも左利きは器用だともいうから(笑)。まあ、本人次第かな。
自分も妻も継いで欲しいとは言わないですね。大変な仕事なのは確かだからね。

――技術を次代へ継ぐという意味では、弟子はとらないのですか?

天野 色々とお話は来るのですが、すべてお断りしています。
やりたいって思うのはわかるんだけど、そんなに甘い世界でもないのでね。
なにせ、野鍛冶はなにからなにまで全部やらないとなので。

――大変なお仕事だとわかりつつも、その技術を継ぐことを決意した賢さん。お父様は喜んでおられたんでしょうね。

天野 自分は父親と8年一緒に仕事できたので、その期間があったのは良かったかな。でも、「鍛冶屋は理屈じゃないんだ」と言われて、父親とよくケンカしました(笑)
最初は、鎚ひとつ打つにしても、思うようにいかなくて、驚きましたね。簡単そうに打ってるように見えるのに、やってみると全然ダメで。
その「簡単そうに作業できる」のが、職人なんだろうな、と思います。
親父が生きていたらな、って思うことはいっぱいあるんです。
元気だった時は「聞きたいことあるなら聞けよ」って言われてたけど、当時はその「聞きたいこと」が何なのか、わからなくてね。今なら聞きたいことたくさんあるんだけどなぁ。
今でも化けて出てないかな、って思ったりします(笑)
仕事場の機械も、オレが生まれる前からあったものばかりで。そのあたりのが近頃壊れ始めたので、その辺のメンテナンスとかも聞きたいですね(笑)

――お父様と一緒に仕事をした中で言い聞かされたことはありますか。

天野 お金のことばかり気にすると、良い物はできない。「完成して」はじめて、そこから始まるんだからと。
明日の飯を気にしちゃう…つまり先を見ちゃうとダメだからと。だから納期は余裕もっていただくようにと良く言われました。
「お前がオレより良い物つくったとしても、『親父さんの方が良かった』って言われるんだぞ。『やっぱりまだまだだね』って言われるんだよ」とも。

――世界唯一の技術「焔鍛え」でできあがった天野さんの刃物に現れる「炎龍」や「焔」は、一度見たら忘れられない魅力があります。

天野 実際、日本刀は、貴重な美術品として今や人気ですしね。
でも、うちの刃物は観賞用でなく、実用なんです。
刃物って、道具ですから。一緒に暮らすものなのでね。
子どもさんからも「危ないから」「ケガをするから」と遠ざけるのではなく、身近な『道具』として、毎日の暮らしの中でどんどん使って欲しいですね。

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